CySECはなぜ規制を強化するのか

キプロス共和国はかつてオフショア拠点だった

キプロス証券取引委員会(Cyprus Securities and Exchange Commission:CySEC)のライセンスは、イギリスの金融行動監視機構(Financial Conduct Authority:FCA)のライセンスに匹敵する安全性の高さで有名です。FCAより規制は緩いために取得しやすく、EU域内で金融サービスを行うことができるようになるため多くのブローカーが利用しています。

キプロス共和国は東地中海に位置しており、キプロス島は日本の四国の面積の半分しかありませんが、UE圏内で最も法人税率が低く、オフショア拠点として人気を集めていたのです。

少ない資金からでも始められる投資として注目されているFX(外国為替証拠金取引)は、国内FXと海外FXで仕組みが異なります。海外FXだと国内の金融庁の規制外のため、超ハイレバレッジの取り引きができるのです。ただし信頼性の面でリスクがあり、そこをカバーしてくれるのが、FX業者がどのライセンスを取得しているのかという点です。CySECは、投資信託補償基金(ICF)によって、FX業者が破綻しても2万ユーロまで信託保全されています。「CySECを取得しているFX業者=信頼できるし、安全」というのが一般的な見方になっています。

そんなCySECが個人投資家向けの新しいFX規制策の導入を検討しているというのです。なぜ規制が強化されるのでしょうか?規制の内容はどのようなものなのでしょうか?今回はCySECの規制の内容とその影響についてお伝えしていきます。

ESMAの影響

EUにとっての金融監督庁は、欧州証券市場監督局(European Securities and Markets Authority:ESMA)です。ESMAは2018年3月、FXを含むCFDのレバレッジを制限し、バイナリーオプションを禁止にする決議を行いました。それにともない同年の8月には、メジャー通貨を扱う場合はレバレッジ最大30倍、マイナー通貨を扱う場合のレバレッジは20倍まで制限されることになったのです。ちなみに強制ロスカットの水準は、証拠金維持率50%となっています。これは個人投資家保護、企業倒産防止のための規制になります。

CySECは2017年にいち早くレギュレーションを変更しており、投資経験の浅い初心者に対してのレバレッジは最大で50倍に制限しています。また、ボーナスといったインセンティブも過剰なものは避けるよう通告しており、推奨はしないというスタンスでした。つまり2019年以降の規制は、ここからさらに厳しいものにし、ESMAの規制に歩み寄るということになります。

CySECは2001年に設立され、2004年にはEUに加盟していますので、ESMAの方針や規制には足並みをそろえる必要があります。ただし、ESMAの規制はやや厳しすぎる側面もあり、リテールFX業者に悪影響を与えてもいます。実際にFX業者の多くが、ESMAの規制の届かないオフショア市場に別法人を設立し、そちらに顧客を誘導しているのが現状です。そうすれば今まで通り、500倍や1000倍といった超ハイレバレッジを提供できますし、規制によって見直されているインセンティブ付与の禁止についてもクリアできるわけです。当初は顧客移管を積極的に行うことは禁止されていましたが、ほとんど遵守されていません。

そういった前例もあるため、CySECの新規制はESMAの現行の規制よりもやや緩くなっています。緩くはなっているものの、これまでのサービスを継続していくのは不可能です。CySECのライセンスでは、日本人向けに超ハイレバレッジのサービスを行うことはすでにできない状態ですから、大手のFX業者は2017年の段階では別のオフショア市場に法人を設立して新しいライセンスし、口座の移管を伝えています。日本人トレーダーに圧倒的な支持を集めているXMは2016年にはせーシェルのライセンスを取得し、日本人トレーダーの口座をこちらに移管するよう呼びかけていました。この場合、ICFの補償の対象外ということになりますが、どれだけCySECの規制が厳しくなっても888倍という超ハイレバレッジを提供し続けることが可能です。

CySECの新規制の内容

CySECの新規制のレバレッジ制限とは

CySECは投資家を3つに分類してレバレッジ制限を行うことを検討しています。基準になるのは年収や純資産の他、投資経験や知識などです。最上位のカテゴリーは「ポジティブ」で、最下位のカテゴリーは「ネガティブ」ということになりますが、その間には、「グレーゾーン」が設けられる予定です。

ポジティブに該当するためには、年間で4万ユーロ(およそ460万円)の収益計上が必要になります。または、20万ユーロ(およそ2,340万円)の純流動性資産を保有していなければなりません。ポジティブに該当する個人投資家のレバレッジは主要通貨ペアだと最大で50倍です。ESMAの最大レバレッジが30倍ですからCySECの規制はやや柔軟性をもたせているといえるでしょう。グレーゾーンの場合は、主要通貨ペアでレバレッジが20倍まで制限されることになり、これだとESMAとほぼ同じ水準となります。

また、投資家向けのインセンティブ付与をすべて禁止することになりますので、これまで行っていたボーナスや取引量に応じたポイント還元などのサービスは提供できなくなります。ゼロカットシステムを採用することや、強制ロスカットの水準を証拠金維持率50%とすることなど、欧州全域で推し進められているFX規制強化の波が、CySECにも押し寄せている状態です。それに対し、CySECはしっかりと足並みをそろえようとしています。

オフショア市場へのシフトは加速

日本国内でもFXの規制が進み、2019年9月時点のレバレッジは最大で25倍に制限されています。レバレッジではほぼ変わりませんし、インセンティブ付与がないのであれば、CySECのメリットはゼロカットシステムが採用されていることぐらいでしょう。魅力的なサービスが提供できないのであれば、世界中にいる顧客は離れていきます。そのためにCySECのライセンスを所有しているFX業者は、オフショア市場に進出し、そちらで超ハイレバレッジのサービスを続けているのです。CySECの規制強化によってその動きはより加速していくことでしょう。

今後、海外FXを行っていく場合、どうしてもマイナーなライセンスを所有するFX業者を利用しなければならなくなります。そこでポイントになるのは、いきなり規制の緩いマイナーライセンスを取得し設立されたFX業者なのか、親会社はCySECなどの信頼性の高いライセンスを所有しているFX業者なのかという見極めになるでしょう。規制の緩いマイナーライセンスだけを所有しているFX業者であれば、出金拒否や経営破綻などのトラブルに巻き込まれるリスクが高くなります。

ちなみにCySECはEU域外の監督体制も強化すべく、2019年7月、オフショア市場に子会社を展開しているFX業者に対して経営情報を報告するように通知しています。これによって、各FX業者は、子会社の正式名や所在地の他、売上高や課税方式、税控除前損益などの詳細をCySECに報告することが義務づけられました。

今後のモニタリングの結果、CySECがどのような新規制を打ち出すことになるかはわかりませんが、各FX業者はさらなる対応を迫られる可能性もあります。キプロスに本拠地のあるFX業者がどのような対応をしていくのか注目が集まります。ライセンスの移行や、会社名の変更なども充分にありえます。ただし、これまでも規制に対して柔軟に対応してきているだけに、どのような形式になったとしても、日本人トレーダーに対して超ハイレバレッジやボーナスといったサービスは継続されていくでしょう。